2012年05月03日

いまさらもくじ

本編の更新もしてないくせに、いまさら目次など作ってみました。

■長篇
 ・「夏の垂露(すいろ)」(ミステリ/某賞応募作・最終候補)
 ・「企鵝(きが)の翼」(ミステリ/某賞応募作・一次通過)

■中篇
 ・同窓会(ミステリ)
 ・工場の月(ミステリ)
 ・異形(ミステリ/某賞応募作・一次通過)

■シリーズもの
 ・6人家族 : 母一人子五人のシリーズ。基本的には緩めな話。

■ショート
 ・ : 笑える話、馬鹿っぽい話、ブラックユーモア
 ・ : 哀しい話、救いのない話(哀しみが主)
 ・ : 怖い話
 ・ : 楽しい話、気楽な話
 ・ : 気味の悪い話、不思議な話
 ・ : 怒りを含む話、救いのない話(怒りが主)
 ・ : 上記に分類できない話
 ・選択 : 途中に選択肢があり、結末がふたつある話
 ※ショートもミステリが中心ですが、そうでないものも多数あります。カテゴリ分けは極めてあいまいです。




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2011年03月21日

祷(いの)り 五<完結>

110321e.jpg 慌てて受話器を取ると、聞き覚えのある声が耳に響いた。
「ああ、やっと繋がった! 四谷センターの中崎です。朝早くにごめんね、洋平くん――それとも遼太郎くんかな?」
「あ、遼太郎です」
 母さんと同じ事務所で働いている人だ。四人の視線が、オレに集中する。
「お母さんね、無事だよ! 大丈夫!」
 オレは受話器に手を当てて、中崎さんの言葉を繰り返した。
 隣に立っていた真希が、ぺたんと座り込む。美久と浩太は、口を開けたまま顔を見合わせている。
「さっき本人から、こっちに連絡があったんだ。これから避難所で支援に入るから、しばらくは帰れないけど――でも元気だったから、心配ない!」
「そうですか……ありがとうございます」
「落ち着いたら、また連絡するって言ってたから。もしそっちで何か困ったことがあったら、いつでもウチのセンターに電話して。しばらく二十四時間体制で、みんな詰めてるから」
 改めて丁寧に礼を言って、受話器を置いた。
「無事……お母さん、無事だった……」
 真希はそう呟くと、声を上げて泣き出した。つられるようにして、美久と浩太も泣き始める。兄貴は何も言わず、ただ見守っていた。

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2011年03月20日

祷(いの)り 四

110320e.jpg 夜明けが近付いたころ、床の軋む音が聞こえた。
 また余震が来るのか――そう思って身構えたが、揺れは来ない。しかし、音は続いている。
「遼兄……誰かが、家の中を歩き回ってる」
 真希は眼を大きく見開いて、身震いをした。
 茶の間の窓は、逃げ道を確保するために開け放してある。まさかこんな夜に泥棒など来ないだろう――その考えには、なんら根拠が無いことに、オレは今ごろ気が付いた。
「――真希、二人を起こせ」
 周囲を見回し、文机の上から真鍮製の文鎮を取り上げた。こんなものが武器になるかどうかは分からない。でも、何も無いよりはマシだ。
 足音はゆっくりと近付いて来る。真希は、まだ寝ぼけている美久と浩太を、両腕に抱えた。オレはドアを睨みながら、中腰で身構えた。
 半開きのドアが、耳障りな音を響かせながら、外側へ大きく開かれた。

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2011年03月19日

祷(いの)り 三

110319e.jpg 親父が事故に遭ったのも、こんな静かな夜だった――。

 病院の廊下は酷く寒くて、ときどき白衣の大人が出入りする以外に、物音はほとんどしなかった。
 当時十歳になったばかりのオレは、兄貴と二人で廊下のベンチに座っていた。目の前には集中治療室の扉があり、母さんは中で親父に付き添っていた。
 誰かが差し出してくれた、消毒薬臭い毛布に身を包み、オレは兄貴に寄り添うようにして、じっと膝を抱えていた。
 いまが何時かも分からぬまま、冷たい夜に押しつぶされそうになっていた。
「お父さん……大丈夫かな」
 オレは、何度目か分からない問いを口にした。
「絶対に大丈夫だ」
 兄貴は、間髪を容れず答える。
 その言葉に、小さなオレは安堵の息を漏らす。
 それはその夜、数え切れないほど何度も何度も繰り返されたやり取りだった。まるで、そうしていれば親父の命が永らえると、信じているかのように。
 ――明け方、親父は最後の呼吸を終えた。
 その後のことは、余りよく覚えていない。ただ薄暗い廊下で泣きじゃくりながら、兄貴を何度も叩いたことだけは、記憶に残っている。
大丈夫だって言ったじゃないか! 兄ちゃんのウソツキッ!
 オレは両手を握り締めて、力いっぱい兄貴の胸を打ち続けた。
 兄貴はただ黙って、オレの罵倒に耐えていた。
 白い布の掛けられたストレッチャーが、廊下の向こうに消えたときも、ずっと母さんに付き添って葬儀を終えたときも、兄貴は、一度も泣かなかった――。

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2011年03月18日

祷(いの)り 二

110318e.jpg 日が落ちるまであと少ししかない。闇に沈む前に、必要なものを集めなくては――オレは二階に駆け上がり、兄貴の机を引っ掻き回した。確か昔キャンプで使った、携帯ラジオがあるはずだ。十五分ほど費やして、漸く引き出しの隅に追いやられているものを見つけ出した。試しにスイッチを入れると、小さな雑音が聞こえる。一応電池は残っているようだ。
 別の引き出しから発見したペンライトも、一緒にポケットへ突っ込んだ。ついでに真希たちの部屋も回り、毛布と掛け布団を集めているところで、階下から美久の声がした。
「遼兄! 電話繋がったよっ」
 慌てて駆け下りて、受話器を受け取った。兄貴の声は雑音にかき消され、途切れ途切れにしか聞こえない。
「もしもし、兄貴? 無事か」
「遼か。こっちは問題ない。そっちは」
「こっちも四人とも無事だ。でも電気が通じなくて……とにかく、早く帰って来いよ」
「俺は帰れない」
「えっ」
「電車止まって、家帰れない人間が大勢いんだよ。それでオーナーが、終夜営業するって言うから」
「いや、待てよ。そんな場合じゃねえだろ」
「そんな場合じゃねえからやるんだよ」
「待てって! 兄貴知らねえのか、震源東北なんだぞ」
「知ってる」
「なら……っ」
 電話の向こうで、誰かの声がした。
「あ、はい。すいません――遼、もし何かあったら、みどり公園に走れ。あそこが一番近い避難所だから」
「ちょっと、兄貴!」
「緊急時以外、電話は使うな。じゃあな」
「ふざけんな! 家族よりバイトが大事なのかよ、おいっ」
 懸命に叫んだが、電話は切れた後だった。怒りを込めて受話器を叩きつけると、不安げな三人の視線にぶつかる。
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2011年03月17日

祷(いの)り 一

110317e.jpg 空が、青い。
 広い屋上でひとり寝転ぶには、上々の天気だ。まだ少し風が冷たいが、陽射しは春の匂いに満ちている。
「こんなとこに居たのかよ、遼太郎」
 仰向けのまま首を動かすと、逆さまになった孝治の顔が見えた。
「サボって寝てんじゃねえよ」
「別にいいだろ、自習なんだから。そういうお前は何しに来たんだよ」
「サボり」
 孝治はにっと笑って、手すりに歩み寄った。
「早く春休みになんねえかなあ」
 そう言って、大きく背伸びをする。
「なあ遼、休みになったら、どっか遊びに行かね?」
「どっかってどこだよ」
「そうだな、みんなで遊園地とか――旅行もいいな」
「嫌だよ、金かかる」
「いいじゃん、たまには。あ、でも兄ちゃんの許可が下りねえか」
「洋兄は……べつに」
 兄貴なら、行けと言うかもしれない――代わりに、自分のバイトを増やして。
「徒歩か自転車なら、考えてもいい」
「冗談だろ」
「若者は、足を使うんだよ」
 ぶつぶつと文句を続ける孝治に構わず、目を閉じる。古いコンクリートの匂いが、鼻を突く。
「げえ、二年が外周やらされてるぜ。市川って、走らせんの好きだよなあ」
 そのとき、背中にびりびりとした感覚が走った。思わず身体を起こすと、孝治の姿が大きく歪んで見えた。
 次の瞬間、聞き覚えの無い地響きと一緒に、灰色の床がオレを突き上げた。
「わっ、ちょっなんだこれ」
「馬鹿! 手すり離せっ」
 這うようにして孝治の制服を掴み、地面に引き倒す。いつもならとうに静まっているはずの、揺れが治まらない。それどころか、段々大きくなっている気がする。
「なんだよこれ、おい! 遼っ」
「知るか!」
 どうしたら良いか分からないまま、二人して身を伏せる。こんな姿勢を取ったところで、建物ごと崩れたら何の役にも立たないだろう――分かっていたが、他にどうしようも無かった。
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2009年08月13日

企鵝(きが)の翼 二十四<完結>

090813.jpg 夏休み最後の日、哲馬は桐ヶ谷と共に山手の墓地へ出掛けた。
 未だ夏の盛りながらも、見上げる空の高さに秋の気配を感じる。
 二人は小高い丘の上に在る墓地を、ゆっくりと歩いた。盆の後だから、殆どの墓は綺麗に掃除され、こざっぱりとしている。
 奥へと足を進めながら、哲馬は目的の墓の前に、喪服を着た二人の人物が立っているのに気が付いた。近付くにつれ、それが眞砂と蜂谷だと分かる。
 思わず足を止めると、眞砂は直ぐと哲馬たちに気付いた。そして蜂谷に支えられながら、自分の足でゆっくりと近付いて来た。
「桐ヶ谷様、四條様、お久しゅう御座います」
 その声は凛として、その頬からは、少女の甘やかさが抜け落ちている。
 哲馬はすっかり面食らい、眞砂の顔をまじまじと見る。一方の桐ヶ谷は微笑を浮かべながら、穏やかな声で答えた。
「お久しぶりです、眞砂さん。その後、お身体は如何ですか?」
「御陰様で、この通り大分回復しております」
 眞砂は、桐ヶ谷と哲馬の間に視線を合わせながら、小声で言った。
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2009年08月12日

企鵝(きが)の翼 二十三

090812.jpg 金港町の倉庫内で、椋はCRTディスプレイの解体作業をしていた。
 ブラウン管を慎重に取り外し、基盤とケーブルを分離する。それぞれを屑鉄箱と廃プラ箱に投げ込んだところで、入り口に立つ哲馬に気が付いた。
「お、何だお前。黙ってそんな処に突っ立ってたら、吃驚すんじゃねえか! いつから居たんだよ」
 哲馬は無言のまま、中に足を踏み入れる。
「健太に用か? 今、上で風呂入ってるぜ」
「――リョウさん、粉砕機まだ動かせますか?」
「あ? 今日はまだ落としてねえから、一応動かせるけど……」
「これ、粉々にして欲しいんです」
 哲馬の差し出した袋を、椋は怪訝な表情で覗き込んだ。
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2009年08月11日

企鵝(きが)の翼 二十二(五)

090811.jpg「計画の実行犯として雇われた宇敷は、恐らく碌な説明を受けぬまま、ただ命令に従って動いていたのでしょう。何月何日にこれをこの宛先に送れと言われれば、唯々諾々と従っていました。しかし彼は非常に野心的な性質を持っていたので、直ぐと自分のしている事に疑問を持ち、独自に調べ始めたのです。惣一の失踪に怪しげなものを感じてアトリエ跡を掘り返したり、屋根裏倉庫に忍び込んで荒らしたり――あの倉庫の存在は、我々が訪問した時に恐らく初めて知ったのでしょうね。そして彼はついに――決定的な証拠を見付けた」
「あの指輪ですか。宇敷はそれで眞人を脅して、後継を辞退するよう迫ったのですね?」
「……宇敷にとっては、死に掛けた老人の妄執など、如何でも良かったのです。彼は柚木崎の権力と――そして眞人君自身の、両方を手に入れたかった」
 眞人自身を手に入れる。それは――つまり……。
「覚えていますか? 眞人君が、突然調査の打ち切りを申し出た事が有りましたね。貴方が書斎で指輪を見付ける前の日です。恐らく眞人君はその頃既に、宇敷から脅しを受けていたのでしょう。そして郵便物を送っていたのも彼だと聞いて、調査の打ち切りを求めたのです」
 あの時、眞人がそんな目に遭っていたなんて――何一つ気付きもしなかった、自分に歯噛みをした。と同時に、ある確定的な憶測が胸に湧き、肌が粟立ち始める。
「センセイ……まさか――宇敷を殺したのも、眞人なんですか……?」
 桐ヶ谷は、更に目を細める。
「――そうです」
 哲馬の握り締めた両手が、ぶるぶると震える。
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2009年08月10日

企鵝(きが)の翼 二十二(四)

090810.jpg「じゃあ……去年から急に再開した理由は何です?」
「それは、宇敷がやってきたからですよ。彼女は敏感な神経で、宇敷の眞人君に対する、妙な態度に気が付いた。そしてそれが嘗ての父親を思い起こさせ、再び症状となって現れたのです」
「妙な……態度?」
「宇敷は、同性愛者なんですよ。御姉さんの秘書氏が、忠告していた通りにね」
 藤崎の言葉は、そういう意味だったのか――。
「か、家庭教師たちとの事は――」
「――彼女はただ、『眞人の真似』をしてみただけですよ」
 哲馬は肩を震わせながら、大きく息を吐いた。
「……本当に、眞人が父親を殺したんですか」
「ええ――幼い彼は、それ程追い詰められていたのでしょう。祖父とは殆ど交流が無く、心臓の弱い姉にはとても相談出来ない。保護者である筈の母親は見て見ぬ振りを続けた末、嫉妬に駆られて彼を突き飛ばしました……眞人君は、独りで戦うしか無かったのです」
「遺体を隠すのも、眞人が一人でやったのですか」
「いいえ。彼は元より隠すつもりなど無かった。彼にとって禍の根源である父を殺し、同時に背中の証を焼き払う事が出来れば、それで十分だったのです」
「証――?」
「そう――先程、哲馬君も見たでしょう? 残念ながら、完全に消す事は出来なかったのですね」
 眞人の背中に広がった大きな火傷跡、その向こうに透けるようにして見えていたのは……一対の紅い翼だった。
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2009年08月09日

企鵝(きが)の翼 二十二(三)

090809.jpg「哲馬君、あの屋根裏倉庫にあった大量のデッサン、あれらが皆同じ子どもを描いて居た事は気付きましたか?」
「同じ子ども? 双子を別々に描いていたんじゃないのですか」
「いいえ。あれらは全て、双子の片方だけを描いたものです。幾ら幼い双生児とは言え、男女の差が有りますからね。良く見れば、違いは分かります。二人は利き腕も、異なりますしね」
 そうだったろうか――少なくとも哲馬には、全く区別が付かなかった。
「もしそうであれば、眞砂ちゃんの方を描いていたんでしょうね。神楽の衣装を着て、化粧をした姿が有りましたから」
「哲馬君、あれは男児が女装して舞う稚児舞ですよ。東北の実家に、幼い惣一の舞姿が飾られていたでは有りませんか」
「え! あれは惣一だったんですか?」
 白塗りの化粧を施して有ったので、全く気付かなかった。尤も良く考えてみれば、他人の子の写真を態々引き伸ばして飾っておく理由は無い。
 しかし、あれが男児の衣装なのだとしたら――。
「それじゃ、あのデッサンは全て……」
「そうです。惣一が溺愛し、唯一アトリエに入れていた人物――毎夜硝子張りのアトリエに連れ込んでは、欲望のままに貪り食っていた相手は、実の息子である眞人君だったのですよ」
 哲馬は、完全に度を失った。
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2009年08月08日

企鵝(きが)の翼 二十二(二)

090808.jpg「もう一度、指輪を発見した状況について、良く思い出して下さい。あの日、宇敷に脅されて興奮した貴方は、謂わば不意打ちで書斎に入った。その為、眞人君は驚いて指輪を取り落とした。貴方が『新しい郵便物か』と尋ねると彼は頷き、『包みは?』との問いに机の中から羅紗紙を差し出した――実際には、それは印章の届いた朝、哲馬君が食堂に忘れていたのを眞人君が拾って、しまっておいた物だったのです」
「じ……じゃああの指輪は、何処から出て来たものなんですか?」
「前にも言った通り、宇敷がアトリエ跡で発見し、直接眞人君に手渡したんですよ」
「一体、何の為に?」
「無論、宇敷個人として、眞人君を脅す為にです」
「個人として――?」
「そうです。この時点までに届けられた五つの品のうち、最初の四つは宇敷が職務として送付したものです。職務という事はつまり、指揮命令者が居る事を意味し、その人物が最後の品――昨日届いた翼の版画を、送り付けたのです。誰だかは――分かりますね?」
 宇敷に指揮命令する立場に在る人物は、たった一人しか居ない。
「まさか嘉治郎……」
「その通り。一連の脅迫について、陰で糸を引いていたのは柚木崎嘉治郎です。最後の版画については、会社経由で送付された事を確認しました。命令通りに宛名を書いて投函した庶務の女性は、それに何の意味が有るのかも全く知りませんでしたよ」
「糸を引いていたって――だって嘉治郎はもう何ヶ月も前から、自力で起き上がる事すら出来ないんですよ?」
「しかしそれは想定の範囲でした。彼は病が進行し、愈々もって身体の動かなくなった時に備え、自分の手足として使う為に宇敷を雇ったのです」
「一年も前から、計画されていたと言うんですか!」
「いいえ、計画自体はもっと以前です。恐らくは――惣一が殺された十年前から、始まっていたのでしょう」
 哲馬は、目を見張る。
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2009年08月07日

企鵝(きが)の翼 二十二(一)

090807.jpg 窓の外から、烏の鳴き声が聞こえる。
 空には、薄紅色に染まった雲が、二つ三つ棚引いている。
 哲馬は張り出し窓に座ったまま、もう何時間も主を失ったベッドを見詰めていた。
 眞人の体内からは、宇敷から見付かったのと同じ種類の睡眠薬が、大量に検出された。それは致死量を遥か上回る数値だったらしい。ならば当然の推測として、眞人は宇敷の場合と同じ犯人に殺害された可能性が浮かび上がる。警察もその線で動くものと思われた。
 しかし実際には、降矢も高槻も、その他大勢の警察官全てが、既に屋敷を去っている。この対応は、哲馬には理解し難いものだった。一刻も早く非常線を張って、犯人を捕まえるべきではないか。
 犯人の名前は分かっている。宇敷以外にこの家で自由に動く事が出来、かつ柚木崎家に対する恨みという最大の動機を持っている人物――柚木崎惣一に間違いない。
 ノックの音がして、桐ヶ谷が姿を見せた。
「未だ此処に居たんですね、哲馬君」
「センセイ、柚木崎惣一は捕まりましたか」
「――いいえ」
 桐ヶ谷は短く答え、哲馬に歩み寄った。
「如何して警察は、緊急配備を敷かないのですか? 早くしないと惣一を逃してしまいます。人を二人も殺しておいて、逃げ果せるなど有ってはならない事です」
「哲馬君――後悔しているのですね」
 その一言に、哲馬の感情が爆発した。
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2009年08月06日

企鵝(きが)の翼 二十一

090806.jpg 季節も昼夜の別も無く、常に同じ湿度同じ気温同じ暗さに維持されている部屋。遮光カーテンが二重に引かれ、その前に硝子ランプが一つぽつんと灯されている。
 豪奢な天蓋付きベッドの上には、骨ばかりの干からびた老人が横たわっていた。浅い呼吸を繰り返し、眠っているのか起きているのか定かではない。
 空気が動いて、ベッドを囲むカーテンがふわりと揺れた。その気配に老人が細い目を開けると、カーテンの隙間に黒い影が在った。
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2009年08月05日

企鵝(きが)の翼 二十

090805.jpg その夜は、まんじりともせぬまま朝を迎えた。
 五時を過ぎて外が明るくなると、昨夜の憂いも少し晴れたような気がした。一刻も早く眞人の様子を確認したかったが、流石に未だ早過ぎる。哲馬は赤い目を擦りながら廊下に出ると、階段を下りて玄関へ向かった。
 既に蜂谷は起きているらしく、台所から戸棚を開け閉めする音が聞こえてくる。それを右耳で聞きながら、じゃらりと内鍵を外した。
「そうか、宇敷さんが居ないから、内鍵をする習慣になったんだな――」
 そう独り言ちながら、庭に出る。空はすっかり明るくなって、早くも蝉が鳴き始めている。しかし朝の空気は矢張り清々しい。哲馬は大きく伸びをすると、裏庭に向かって歩き始めた。
 前庭からぐるりと裏に回ると、二階に眞人の寝室が見える。その窓は堅く閉じられ、厚いカーテンが覗いている。念の為、壁を検めて見たが、誰かが侵入したような気配は全く無い。トケイソウの花壇にも、足跡は一つも無かった。
「やっぱり、昨夜は神経質になり過ぎていたんだな」
 哲馬は自嘲するように呟くと、そのまま薔薇園を抜けてアトリエ跡に立った。ここにも何ら異常は見られない。試しに靴先で少し掘り返してみると、朝の光に硝子がキラキラと煌いた。表面上は綺麗に均されているから気付かなかったが、確かに桐ヶ谷の指摘通り、全体が一度掘り返されているのは間違いない。
 もし宇敷がこれをやったので無いなら、惣一が夜中に忍び入って来たのだろうか。
 赤煉瓦の塀に歩み寄ってみると、確かに高い塀ではあるが、足掛かりを伝って乗り越えられない事も無さそうに思えた。しかし夜中とは言え、塀を乗り越える姿は人目に立ち易く、中々の危険行為ではある。
 哲馬は暫く周囲を見回して彼是と考察していたが、何れ結論の出し様が無い事に気付くと、苦笑して元来た道を戻り始めた。途中、再び眞人の寝室を見上げたが、其処は相変わらずひっそりと静まり返っていた。
 時計を見ると、間も無く六時というところだ。やる事も無いので、手伝いでもしようと台所に顔を出した。
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posted by 咲月 青 at 06:38| Comment(0) | 長篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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